安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

借りぐらしのアリエッティ&ビール

昨日から少し腰が痛い。このようにジワリと痛くなってくれるのはまだ質がいい。
不意打ちを食らわすようにある一瞬にどかんとやってきて4,5日激痛に唸るという訪れ方をする手合いもあるので、ジワリとやってきてくれたヤツには丁重なおもてなしをして機嫌よくお引き取り頂けるよう努める。うまくいく場合もある。
ジワリさんへのおもてなし、近場の日帰り温泉へ出かけた。(車で往復40分くらい)
ゆるゆる半身浴に努めること2時間。ジワリさんの影がやや薄くなったような気がする。
3時過ぎに出かけて6時に帰宅。6時10分、ダンナを隣町の寿司屋まで送っていく。
ふたたび帰宅。今夜はささやかながら野放し。
温泉に出かける前に冷蔵庫に入れておいて、ダンナを隣町へ送っていく直前に冷凍庫へ移動させておいた缶ビール(一番搾り)がキンキンに冷えている頃合い。
缶ビールを冷凍庫から出して、プルトップに指をかけ、ぷっしゅ~と言わせる直前に思いとどまって、一旦冷蔵庫へ戻す。

おつまみ、何にする?

野放しの夜はミモザは基本、料理はしない。
空腹でうっかりインスタントラーメンを作り始めたとしても、ネギははさみで切るにとどまる。まな板包丁を出したら負け。

今朝糠床に新しく投入した胡瓜、まだ早いかもしれんがよかろう、それで行こう。もちろん切らずのそのまま丸かじり。
焼ちくわも一本(三本一袋)残っていたな。
おお、いいもの発見。胡瓜の古漬けと茗荷、大葉を刻んで和えただけの常備菜があるじゃんあるじゃん。

それらをテーブルに並べ、次、テレビ、何見る?

録画リストの中から、ネコ歩きモルドバもいいけど、これ、と選んだのが「借りぐらしのアリエッティ」。
なんと、まだ未見。なぜか見逃していた。

リビングのテーブルにおつまみも並んだ、
テレビの前にリクライニングの安楽椅子もいい角度に調整できた、
冷蔵庫から一番搾りのお出まし、開けますよ、開けますよ、
ぷっしゅ~~ ごぐごぐごぐ、息もつかずに3ごぐを一気に。

そして始まった「借りぐらしのアリエッティ

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これは原作の方「床下の小人たち」(メアリー・ノートン

つづく

不戦敗

m&dのつづきを書こうとしてなかなか書けないまま7月になりぬ。
書かなくていいですか?
もう忘れてもいい?
健康で明朗で聡明な娘が壊れたとき、そこに何か意味を見出さないではいられなかったのは確か。
意味を見出して、それは私の人生の意味付けでもあると思えれば、娘の困難も報われるような気がした。だけど所詮は自己満足と言い捨てることもできた。
そこんところをもっとちゃんと言葉にしておきたいと思ったわけなんだけど。
まだ書けない。
もしかしたら、もう書けないということなのかもしれない。
とりあえず、このテーマについては不戦敗宣言をしておきます。



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mother&daughter

日曜日に京都へ。
mixiで知り合った同年輩の男性(おっさん)が、同年輩の女性(おばはん)と二人のフォークデュオを組んでいて、彼らの結成10周年記念ソロライブがにぎにぎしく開催されるというので駆け付けた次第。

どうせなら一泊くらいして母の顔をみたり、母に顔を見せたりってこともしたかったけれど、折あしく中学生の期末試験直前ってことで土曜日も補習授業でいっぱいいっぱい。
高速バスで日帰り弾丸ツアーよろしく始発と最終のバスを予約していたんだけど、3日ほど前になってヒカリ(一人娘、34歳公務員独身)が「一緒に行く~」と言い出し、二人ならば車でってことになった。
「運転はひいちゃんがしてくれるの?」
「するする」
というので。
ひいちゃんは運転嫌いじゃないんだね。お母さんは、運転嫌い。

61歳の母親と34歳の娘ってのはどういう関係があらまほしいんだろ。
もちろん、それぞれのm&d(mother&daughter)の在り方でいいんだろうけど、この親子にはちょっと不幸な過去があるからいまだにそんなことを考え込んでしまう隙がある。
もう忘れてもいい過去なのかもしれないけれど。
娘が拒食症になるというのは、母親に問題があるらしい。
あのころ手当たり次第に読んだどの本にもそんなことが書かれていた。異口同音に。

5,6年ほど前、皇太子ご一家のご様子を見て(それは愛子ちゃんを真ん中にしたほほえましい図だったし、ご一家はディズニーランドへお出かけになっているところで、その図には何の陰りもなさそうだったけれど)、私はmixiの記事に「愛子ちゃんが心配。拒食症なんかにならないでね」と書いた。
雅子妃が心を病まれて久しかった。お母さまの不幸をこの聡明な少女が見逃せるはずがないと思われ、行く末を案じてしまったのだった。それは不吉な予言になってしまったのかもしれない。愛子ちゃんの昨年来のご様子は明らかに拒食症だもの。すっかり面替わりした13歳の愛子ちゃんが20年前のヒカリにあまりに似ていて、私は胸を衝かれて言葉をなくした。
私などが心配したってしようがないね。
雅子妃がお幸せでいられることが愛子ちゃんの回復に一番大事なことだと思います。そんなことは現在周辺にいる医療者が一番よくわかっていることだろうけど。

世の中に不幸な母親なんてごまんといるわけで、ごまんといる不幸な母親の、ごまんといる娘たちのほとんどは母親の不幸なんぞに目もくれないで健やかに成長していくものなのだから。

つづく

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「はじめまして」周辺こぼればなし。

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「はじめまして」という小説は、もう15年くらい前に書いたもの。
大学時代の友人マリリンの話を聞いて作ったもの。

マリリンの長女が不登校で、それに悩んで私に電話をしてきたことがある。
どこかいいお医者さんを知らないか、といったもの。
心療内科というのだろうか。

彼女がなぜ私にそういう相談をしてきたかといえば、当時私の長女がそういうたぐいのお医者様のお世話になっていたからである。
マリリンの長女はまた中学生で、私の長女は大学生だった。4歳くらいの年齢差だろうか。
私の長女も中学2年生で学校へ行けなくなった。以来数人のお医者様を渡り歩いた。
うちの場合は不登校は症状のひとつで、もっとも苦しんでいたのは拒食症だった。
中学2年で発症し、体重は3か月くらいで半分になった。
すぐに国立小児病院へ連れて行った。そこに1年間通院したが、今から思うにその1年間にもっと適切な治療、助言があればその後の経過はあんなにもひどいことにはならなかったのではないかと思ったりする。
高校生になり、高校は自宅からかなり離れた場所だったので学校の近くの精神科に変わった。
そこでもはかばかしい進展はなく、その症状を抱えたまま神戸の大学へ進み、大学の近くの心療内科に変わっていた。
ま、ここでは私の娘のことはちょっと横へ置いておいて。


そういう経験があったので、マリリンには、通ってみて合わなければ転院は早い時期に決断した方がいいよ、などのアドバイスをした記憶がある。


マリリンとの何回かの電話でのやり取りをするうちにこの小説の骨子を思い付いたというわけ。

使わせてもらったのは、マリリンの家庭環境、結婚の経緯。
学生時代にマリリンには恋人がいたこと。お寺の跡取り息子。
父親が弁護士であるマリリンは、結局は恋人と別れ、見合い結婚をした。見合い相手は大手ゼネコンの設計士であるとか。

私は、マリリンの力には大してなって上げることはできなかったが、なにか希望をそこに見出してほしくて、こんな小説にした。
とはいえ、ほとんどはマリリン家の実態とはかけ離れていて、私の妄想のお話ではある。

それでも、小説の着想のもとになったマリリン家のことは、折に触れ気に掛けていた。

15年というのは結構な時間である。

その間に、私の娘はどん底を味わい、そこから奇跡的と言ってもいい回復を遂げ、今は元気に働いている。恋人もいる。
この秋には35歳になる。遅れてきた青春を今謳歌しているようだ。

そして、マリリン家。

マリリン家の長女も長く苦しい青春時代を過ごし、今は立派に自立できている。この春結婚もされた。
15年間という時間はそういう変化を私たちにもたらした。

3年ほど前、単身赴任中だったご主人に異変が起こる。
若年性の認知症と診断された。63歳。

長女の結婚の直後、利用していたショートステイ施設での誤嚥事故で急死された。


やっと、ほっとされて、これから夫婦として充実すべき時間が待っていたことだろうにと思うと、マリリン家に起こったことは、痛ましい悲劇である。


ご主人は、薄れゆく意識の、まだまだらに鮮明なとき、ご自分の人生を振り返ってどのような思いに胸を満たされたのだろうか、と考えたりもするが、思い及ぶことではない。ご冥福を祈るだけである。

マリリンには、まだこれから時間が続く。
60歳になったばかりのマリリンに、次の物語を用意するとしたらそれはどんなものになるのかなぁ。

いやいや、それはマリリンが自分で編んで行けばいいことだね。

マリリンのこれからに幸多からんことを。



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連載小説「はじめまして」その13

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「はじめまして」⑬

五月の陽光が、降り注いでいた。新しい緑が陽の光を反射している。
季節は進んでいる。春菜が学校へ行けなくなってからの日々、光を光として感じることができなかったことを朋子は思った。その間にも緑は芽吹き、花は咲いていたのだろう。空を見上げると、青かった。空は青いというのも久しぶりに思い出したような気がする。

春菜は、まだ学校へは行けない。なのに、光を感じ、空の青さを見上げられるのはなぜだろうと朋子は思う。気持ちがふさぎこんでいたとき、いつか晴れる日はくる、と思い描いていた。イメージの中で春菜が制服を身につけ、笑顔で登校するというシーンを思い描いていた。見送る朋子の心は晴れ渡っている。そんな日がくることを夢のように思い描いていた。
でも、そういう日が来たわけではない。春菜は相変わらず部屋に閉じこもりがちのままなのだ。朋子は、自分のなかで何かが微妙に変わりつつあることを感じていた。それが何かはわからないけれど。
今朝、空を見上げて、確かに私の気持ちが変わったのだ、と思えた。

五月下旬の土曜日、病院へ向かう道すがらで朋子は何度も何度も空を見上げた。そのとき朋子の携帯が鳴った。家にいるはずの修一からだった。
「病院何時に終わる?」
「一時ころかしら。」
「渉を連れて出るから、どこかで待ち合わせて四人でいっしょにお昼を食べよう。」
「渉、今日はスポーツクラブの日よ。」
「いいじゃないか、一日くらい休ませても。」
なぜか、その電話がとてもうれしかった。朋子は、「じゃ、そうしましょう。」と言って、待ち合わせ場所を決めて切った後で、思い立ってすぐに実家へかけ直した。

「いま、パパから電話。ねえ、春菜、病院が済んだら渉とふたりでおばあちゃんちに遊びに行かない?」
「どうして?」
「今日、ママね、パパとデートなの。二人だけで映画見て、食事するのよ、だめ?」と春菜の顔をのぞきこんだら、春菜の笑顔が返ってきた。
「いいよ、おばあちゃんの家まで二人だけでいけるよ」
「ありがとう。パパとデートなんて久しぶりだわ。」
「ママ、パパのこと好き?」
春菜の問いかけは彼女の願いがこもっているような気がして、朋子は簡単には答えられなかった。この子は全部を見抜いていたのかもしれない、と朋子は改めて春菜を見つめる。そして、春菜の目を見て、「好きよ。」と答えた。春菜がまた微笑んだ。
「私も、パパのこと好き。・・・・ママのことも好き。」と春菜は言った。
「ママも春菜が好き。」
二人で微笑みあうことができた。宿題が全部済んだ、と朋子は思った。
見上げると、五月の空は薄い雲を引き、その雲間で太陽がいっそう輝いて見えた。
その日の面談で、朋子はあることを知った。近藤の名前が修一であることを。
カルテを綴じこんだファイルにその名前を発見した。今まで一度も気が付かなかった。
「先生のお名前、修一っておっしゃるんですか?」
「ええ、そうです。親父が修で、その長男で修一です。安易な命名でしょ?」と近藤は笑う。
「それって、主人も同じです。主人の父も修で主人が修一なんですよ」
「ええ、春菜さんから聞いていました。僕、ご主人に似てますか?春菜さんは、パパに似てるって言うんだけど。」
朋子は、なんだかおかしくて笑いがこみ上げてきた。
「そんなにおかしいですか?」
「いえ、ごめんなさい。そういえば似ているかもしれません。」
言った後でもなかなか笑いが止まらなかった。近藤はわけがわからないという顔をしながらも、そんな朋子を見て、いっしょに声をあげて笑った。

待合室のソファで、春菜が本を読んでいた。その姿を距離をおいて見ているうちに朋子は考えていた。学校へは行ける時が来たら行けばいい。その日がいつになるかわからないけれど、朋子はもう焦らずに待つことができるような気がした。そのとき病院の正面ロビーに修一が渉の手を引いて立っている姿を見つけた。
修一は面談室から今出てきたところの朋子を見つけた。長い廊下の先に妻の姿を見つけて緊張している自分がいた。
修一は、まるで中学生のように緊張していた。今日中になんとしても妻に聞いてみたいことがあった。その答えがどんなものであろうとも、聞かなくては先に進めないような気がしていた。長い廊下の先に立つ人が、まるで初めてであって自分の心をときめかせる人のような気がしていた。

朋子は、正面ロビーの、ドアからの明かりの中で立っている夫が、まるで出会ったばかりの人のような気がした。その人が自分を見つめている。この人から私は思いを告げられるのを待っている。どきどきしている自分に気がつく。

春菜が、朋子を見て、そして修一を見た。立ち上がって渉のそばへ行き、渉をつれて、ロビーの一角に設置された大きな熱帯魚の水槽のところへ連れて行った。
修一が、ゆっくりと朋子に近づいてきた。朋子は微笑もうとしてうまくいかず、少しうつむいてしまう。もう一度修一を見たとき、朋子の心の中でなぜかこんな言葉が浮かんだ。

「はじめまして」

今日から始まる何かがあることは確かなような気がした。

おわり(ながながとつまらない小説を読んで下さってありがとう)



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連載小説「はじめまして」その12

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「はじめまして」⑫

待合室のソファで春菜はまた眠っていた。
いつだったか、ソファで眠っていた春菜の頭をそっと自分の膝の上に乗せてやったことがあった。あの翌週にも春菜は同じようにソファで眠っていたが朋子が近づくと、その顔は眠っていなかった。じっと目を閉じているだけだった。まぶたを無理に閉じているので小さく震えていた。朋子は先週と同じように春菜の頭を膝の上に乗せてやった。この子はこういうやり方でしか私に甘えられないのか、と胸を衝かれるような気がした。
それからは毎週このソファで同じようにしてきた。薬と精算の準備ができて名前を呼ばれるまでの十数分間を母と娘はそうして過ごしてきた。


翌週の面談室で。
「春菜はまだ私に好きって言ってはくれません。」と言うと、「ご自分の宿題はどうですか?」と聞かれ、「私としては精一杯笑いかけているつもりなのですが・・・」と答えると、「感情を伝え合うというのは、多少大げさなところがないといけない場合もあるのです。」と近藤は、朋子の目を見て語りかけた。

「感情というのは自分が思っているほどには他人には伝わらないものです。
お母さんと春菜さんの場合は、特に春菜さんがお母さんの愛情を渇望しているというところがあります。」
その近藤の言葉を朋子は理解できた。半年前の自分には理解できなかっただろうけれど、と朋子は思う。近藤の言葉が続く。

愛を欲している側からすれば、今まで手にできなかったものに対して半ば諦めのようなものが強く残っています。求めても得られないという経験は、辛いものです。求めずにおこうと自分に言い聞かせます。そして自分が手にできたものに対してもまず疑ってかかります。簡単に信じちゃいけないと抑制してしまうのです。信じて裏切られたときのことが怖いんですよ。春菜さんは、今お母さんが笑いかけてくれることに対して、その笑顔をうれしいと思いつつも、うれしいと思っちゃいけないとどこかで自分にブレーキをかけているのかもしれません。

「どうですか?思い当たりませんか?」近藤に問われて朋子は、「わかります。」と答えた。
昨日のことだった。最近は部屋の中だけではなくリビングで過ごす時間も徐々に増えてきた春菜に、朋子は、「パッチワークしてみない?ママが教えてあげるから。」と言ってみた。春菜は一瞬うれしそうな顔をして、「してみる」と
答えた。朋子も春菜のその反応がうれしかった。すぐに寝室に行ってしばらくしまい込んでいた裁縫箱や布を収納している箱を取り出してリビングに戻ってみると春菜の姿がなく、部屋に戻っていた。ドアをノックしてみると、「やっぱりテレビゲームのほうがいい」という返事が返ってきた。朋子は、少し腹立たしいような気がしたがそのまま何もいわずにドアの前を離れた。
そのことを近藤に話すと、「春菜さんは、もう一度お母さんが誘ってくれるのを待っていますよ。」と言った。
「うるさがりはしませんか?」と朋子が質問すると、「子どもにうるさがられるのが怖いですか?」と逆に聞かれ、朋子は、「怖いです。」と答えた。そして、答えながら、それはおかしいことだ、とも思った。
お互いが気を遣い合いすぎて、肝心なところで傷つけあっている自分と春菜の関係の間違いを指摘されたのだとわかった。そしてその間違いは、自分と母親との関係の中にもあったのかもしれない、と朋子は思った。

間違いのない親子関係などあるのだろうか、と朋子は思う。
子どもの不登校という事態に遭遇した母親とそうでない母親がいるとしたら、それは、どちらかが間違っていて、どちらかが正しかったということなのだろうか。もしそうなのだとしたらそういう事態に遭遇した私はただのおろかな母親なのだろうか。おろかな人間の不幸としてあきらめるしかないのだろうか。朋子の自問に、そうではない、と答える朋子がいた。まだはっきりとしたことばにはならないけれど、今自分が遭遇している事態を不幸なことだとは思えない気がする。娘が学校へ行けないという事態は喜ばしいことであるはずがない。けれど、そのことが不幸なことであるとは言い切れないのではないか、と朋子は思う。こういう考え方は、以前の朋子にはできなかったのではないだろうか。何事もなく春菜が学校へ通えていたなら、考えもしなかったことを考えている今の自分を、ただおろかで不幸な母親とはどうしても思えない。今の朋子にはそれ以上のことは分からないけれど。

修一は春菜の表情の変化に気がつきかけていた。学校へ行かなくなってから一日中部屋のなかで過ごしている春菜はもともとの肌の白さがますます際立つようで、夕食時だけは部屋から出てきて家族と夕食を囲むことだけは守っていた春菜を食卓の蛍光灯の下で見るたびに修一は胸がふさぐようだった。春菜はほとんど笑顔を見せなくなっていた。
それがこのところ、その表情に変化が認められるような気がしている。
声を立てて笑うことはないが、いっときの強張ったものが薄れているような気がする。朋子からは、よいお医者様にめぐり合えた、春菜はその医師に懐いているようだという話は聞いていた。
夕食後自室に戻った春菜の後姿を見送って、しばらくしてから修一は春菜の部屋のドアをノックした。拒絶するかと思ったが、ドアを開けて春菜はすぐに部屋の中に招き入れてくれた。

「この部屋に入るの久しぶりだな」
「入りたかったの?」
「パパが入るのいやじゃなかった?」
「うん」どっちにも取れる答え方だった。
「髪が伸びたな。春菜の髪はママに似てまっすぐだな。」
前髪を切りそろえておかっぱにしている。
「春菜はママによく似てる。美人のママに似てよかったな」
「パパはママが好き?」
修一は春菜を見た。決して親をからかってしている質問ではない。真剣な顔で修一を見ている。
修一は「うん、好きだよ。」と答えると、「私のことは?」と春菜が小さな声で聞いた。
椅子に腰掛けた春菜の小さな頭が立ったままの修一の腰のあたりで小さく揺れる。いろいろな思いが込み上げてきたが、「大好きだよ」とだけ答えた。
修一はふと自分にもこんな風に問い掛けて答えてもらいたい質問がある、と思った。

つづく(次回は最終回です。)



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連載小説「はじめまして」その11

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「はじめまして」⑪

「あなた、右手にホクロある?」
修一は、夕食の後で、妻に不意に訊ねられた。朋子が修一の右手を覗き込む。
「あ、あるわ。」妻が声を上げた。
言われて修一は自分の右手を見る。ホクロなどないはずだ。
妻が見ているのは、親指の根元にある古い傷跡だった。妻はすぐにそうと気がついて、ちょっとがっかりした様子だった。けれど、その後もしばらく修一の手のひらを見ていた。
「なんだよ。なんか変か?」と修一が言うと、朋子は、「ううん」と言ってから、「あなたの手のひらって、初めて見たわ。」と小さく言った。

大学時代に付き合っていた恋人にその手のひらをしげしげと見つめられた日のことを修一は思い出した。まだ、恋人と呼べるかどうか、付き合いだしてそんなに経っていない頃のことだった。
「私ね、他人の手ってすごく興味があるのよ。興味を持った人の手のひらって特別興味を引かれるの。この手でこの人は何を掴んできたのだろうとか、これから先何を掴むのだろうとか、あるいは何を掴めずに悔しがるんだろうとかね、いろいろ想像してしまうから。」
ちょっとエキセントリックなところのある女性だったけれど、修一は自分の手のひらをいつまでも眺めている女性にひどく心動かされたことを覚えている。
妻は、そういえば今まで一度も自分の手のひらに興味を示してはくれなかったな、と修一は思う。この手でまだ掴みきれないものの影が修一の心をよぎっていった。
朋子の手は小さい。眠っている妻の右手を修一は長い時間見つめていたことがある。この人のすべてを知っておきたいと思いながら、眠る新妻の手のひらだけを飽かずに眺めていた、そんな夜があった。そして、その妻は、絶対に夫に許さない部分を秘めていた。

朋子は、夫の手のひらを初めてじっくりと見た。近藤が、「手先の器用な人には、親指の付け根にホクロがある」という話をしたのは、今日の面談でのことだ。その位置にホクロを見つけた、と思ったがそれは古い傷痕だった。そんなところに傷があることももちろん知らなかった。いつつけた傷なんだろうか、朋子はふとそんなことを思った。少年だった頃のものなのだろうか。夫の少年時代を想像してみた。渉に似たその少年が、転んで手から血を流している。痛みをこらえて唇をぎゅっと結んだ少年の姿が朋子の脳裏にしばらく消えずに残った。

翌週の面談で。
「春菜さんに何を望むか、という宿題でしたね。」
「はい。」
「ひとつだけです。」
近藤の問いかけに朋子はすぐに答えられなかった。

「母は私に何を望んでいたのでしょうか。」
近藤の質問とはずれているのはわかっていたが、朋子は、なぜかそんな言葉が出てきてしまった。近藤はそのまま聞いている。

恋人に別れを告げた日のことを思い出した。
「朋子のいない人生は考えられない。」と恋人は言った。その言葉がどんなにうれしかったか。そのときどんなに恋人の胸に飛び込んでいきたかったかを思い出した。でも、そのとき母親の言葉が彼女を引きとめた。
「恋を過大に評価してはいけないわ。恋は感情の産物でしょう。感情は理屈に凌駕されるものよ、あなたが感情に流されたおろかな結論を出さないことを祈っているわ。」
いま、恋人の胸に飛び込んでいきたいと願う私の感情は母の理屈には敵わないものなのだ、と思えた。この感情はおろかなものという評価が下されるものなのだ、と。そして、恋人と別れてきた朋子に母は、あなたが決断したことを誇らしく思うわ、と言った。これは私が決断したこと、誰に強いられたことでもなく自分の意志で決断したこと、と朋子は母に確認させられたのだった。

思い出したことを、近藤に語った。
「私は母の望みに逆らえなかったことを悔やんでいるのでしょうか。」
「自分ではどう思いますか?」
「今までそんなことは考えたこともありませんでした。でも、先週先生に春菜に何を望んでいるかと問われたとき、私は母のことを思い出したのです。」
「続けてください。」
「母の意に背くことは考えられないことでした。母はいつも冷静で、理屈では敵わなかったし、母に否定されることは恐怖でした。」
「私は、春菜が小さいときから私の言うことを聞かないのが我慢なりませんでした。」
「私は母の言うことはなんでも従ってきたのに」
「春菜が自分の意志を通そうとすると憎しみが湧いてくるんです」
「私は子どもをかわいがれない自分を見たくなかった。」
「なるべく春菜と関わりたくなかった」
「春菜は私の子どものくせに私を自分に従わせようとしているような気がして」
「春菜に望んでいたのは、私に完全に服従することだったのだと思います」
そこまでを一気に話し終えて、朋子は黙り込んだ。

「それが、あなたが春菜さんに望むことという宿題の答えですか?」と近藤が問いかけ、
「違うと思います」と朋子ははっきりと答えた。

「違う?」
「私は、春菜に笑ってほしい・・・」
朋子は自分の口からふともれ出たような言葉をもう一度自分で反芻して、もう一度言葉にして近藤に伝えた。
「春菜が笑ってくれたらそれだけで十分です。」
「そうですか。」近藤はしばらく無言でいたが、朋子に向かって、「私は春菜さんともこの半年間たくさんのおしゃべりをしました。どんな話をしたかは、今までお母さんには話していませんでしたね。今日春菜さんと話したことをお母さんに申し上げましょう。」
朋子は、どきりとした。春菜が近藤にどんな話をしているかは、敢えて聞かないことにしていた。近藤が伝えてこないことがひとつの答えなのだろうという判断もあったから。
「春菜さんはお母さんのことを好きだって言ってましたよ。」朋子は、近藤の顔を見た。意外な言葉だったから。「でも、ママは私をあまり好きじゃないかもしれない、とも。」
「そうですか。」朋子は、そうとしか言葉が出なかった。
「で、宿題を出したんですよ、春菜さんに。ママに好きって言ってみたら?って」
「で、お母さんへの宿題です。春菜さんに笑いかけてあげてください。
春菜さんの笑顔が見たいなら、まずお母さんがいっぱいいっぱい笑顔を見せてあげてください。できるでしょう?」
「はい。」とだけ答えて朋子は言葉が続けられなかった。

つづく


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