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安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

連載小説「はじめまして」①

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はじめまして①

朝、目覚めの一歩手前のまどろみの中で、夫の修一が手を伸ばしてきた。朋子のネグリジェの裾をたくし上げ、パンティに手をかけ引き下げる。条件反射のように腰を浮かせて協力するような動きをしてしまってから朋子は、ふっと夫のいる左側の腕が粟立つような感覚を覚えた。
十歳年上の夫はまもなく五十歳に手が届く。朋子の目の位置にある夫の肩の皮膚にも老いが見え始めていた。見慣れたホクロも若いころに比べると色あせたように見える。
朋子はずっと目を開けていた。修一は眠そうに時折目を開け朋子をチラッと見てまた目を閉じる。黙ったままで体を動かし勝手に果てたようだ。すぐに体を離してぐったりと仰臥している。その胸が波打っている。朋子の胸はしんとしている。ネグリジェがたくし上げられたまま、下半身を露わにしてしんと横たわる自分がいた。
枕もとの時計は六時十分を指している。今日は土曜日。夫はそのまま再び寝入ってしまったようだ。薄い綿毛布を夫の体に掛ける。寝顔を見て小さな憎しみが湧くような気がした。無理に目を閉じる。
近藤の、カルテに何かを書き込む繊細な指の映像が浮かんだ。その指が朋子を慰撫するように動くという想像をしてはっとして目を開けた。

近藤は精神科医である。もう一年以上も学校へ行けないまま家の中に閉じこもりがちになっている長女の春菜が通院している国立小児病院の心療内科で春菜を担当している医師である。

通院は一週間に一度、土曜日の午前中。
中学一年の二学期ころから学校へ行きしぶるようになり、三学期には完全に登校しなくなった。理由を問うても答えらしいものは返ってこなかった。本人にもわからないことだったのかもしれないが、朋子は苛立ち、混乱した。食事を摂らなくなり、夜眠れないと訴えだして学校のスクールカウンセラーの勧めで心療内科を受診したのが半年前のことである。
最初は三十代の女性だったが、春菜が馴染めないという理由で担当を代わってもらった。
春菜は、近藤に対しては今のところ文句を言わず受診している。十分間くらい春菜と近藤が面談し、そのあとで朋子と近藤の面談。あわせて三十分くらいの診療である。
JRと私鉄を乗り継いで二時間はかかる。予約をとっていてもいつも一時間くらいは待たされる。通院の日は八時前には家を出なくてはならない。そして帰宅は三時を過ぎる。一日仕事になる。通院日である土曜日の早朝に体を求めてきた夫に抱いた嫌悪感は、もしかしたら朋子の心の中のやましさが生み出したものかもしれない。

つづく



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