安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

連載小説「はじめまして」③

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「はじめまして」③

一年後見合いをし結婚した。大手の造船会社で設計技師をしている修一だった。

朋子は当然処女ではなかった。恋人との間には充実したセックスの経験があり、かなり奔放な行為も経験した。好きだったらこんなことまでできるのか、と自分でも驚くような行為も経験した。初夜で初めて修一との行為があり、それは朋子自身がどうにもならない違和感を抱くという結果に終わった。何も感じることができなかった。苦痛というのではなかったが、恋人との喜びに満ちた行為とはなんて違うのだろうと愕然とした。

それでもすぐに懐妊した。春菜は最初から手のかかる子どもで、夜鳴きも激しく、出産後半年間はほとんど満足な睡眠が取れない状態がつづき、そのせいか母乳も十分に出なかった。哺乳瓶を嫌がる赤ん坊に、出ない母乳を与えながら、朋子は腕の中の赤ん坊が自分を苦しめるだけの存在のように感じたこともある。
幼児期もすぐに癇癪を起こして朋子を混乱させた。そんな朋子の覚束ない育児に修一は協力を惜しまなかった。会社から帰ると、一日の育児に疲れきった朋子に代わって春菜の相手をしてくれた。夕食の支度をのろのろとはじめる朋子を責めることもなく、その支度がテーブルに整うまで春菜を上手にあやしてくれた。けれど、朋子はそれを有難いと感じるより、母親より父親の腕の中で機嫌のいい春菜と、楽しそうにその春菜をあやしている夫の姿にいらだってしまうこともあった。
三年後に二人目の妊娠を知ったとき、このまま夫には内緒で堕ろしてしまおうか、とそんな思いがよぎることもあったが、自分がそのような大きな秘密を守れるはずがないという理由だけでその企ては実行できなかった。
生んでみると、二人目の子どもには春菜とは違う自然な愛情が湧いた。二人目は男の子で渉と名づけた。それは朋子の希望だった。好きな小説の主人公だからと夫にその理由を説明したが、その名前は別れた恋人の名前だった。
なぜそんなことをしてしまうのだろうと、朋子は自分自身で訝った。私はその恋人を忘れられないわけではない。昔の恋人を恋しがるなんて、今の私はそんな惨めな境遇にいるわけではないはずだ。その恋人とは自分の意思で別れたのだから。
「渉…」と腕の中の赤ん坊に呼びかけるとき、朋子は自分でも不可解な胸の中の波立ちを感じるときがあったが、それは赤ん坊への愛情からだと納得するようにした。

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