安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

連載小説「はじめまして」その6

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「はじめまして」⑥

夏休みには一家でハワイ旅行へ出かけた。
寺の嫁になっていたらこんなことは適わなかったはずだ、と朋子は自分の家族の形に満足した。ハワイの絵空事のような色をした青い空を背景に微笑む一家の新しい家族写真が戸棚を飾った。

中学一年の二学期が始まってまもなく、突然春菜が学校を辞めたいと言い出した。
いや、一学期の期末試験が終わった頃に前兆はあった。長く伸ばした髪を毎朝朋子が結ってやっていたのだが、ある朝、洗面所で春奈はその髪をばっさりと自分で切り落としたのだ。洗面所の床に切り落とされた髪が無残に散らばっていた。朋子が驚いて、叱って「なぜこんなことをするの?」と問い詰めたら、「暑かったから」と春奈は答えた。そして、こんな髪では学校に行けないから今日は休む、と言った。朋子は、春奈の行動に不可解なものを感じながらも、この子は小さいときからとにかく私を混乱させてばかりいた、との思いで、その日の出来事もその範疇のことだと思うことにした。午後から美容院に連れて行き、ショートカットにしてもらったが、春奈はその髪型が自分には似合わないから嫌だと言ってはときどき学校を休んだりした。けれど夏休み直前のことで授業もほとんどない時期だったので朋子は、春奈のいつものわがままだと、その程度に考えてそれ以上はあまり深く考えなかった。そのうち夏休みになり、春奈は特に問題もなさそうな、落ち着いた様子でその夏休みを過ごしているように朋子には見えていた。ハワイでも、春奈は楽しそうだったではないか。戸棚の家族写真を振り返って朋子は途方にくれるしかなかった。

順調なはずではなかったか。ここまで私の人生は何の曇りもないはずではなかったか。春菜は希望に燃えて中学生になったはずではなかったか。私は穏やかな満ち足りた家庭の主婦だったはずではなかったか。朋子の自問に否と答える朋子はいなかった。

毎朝嫌がる春菜に懇願するように着替えさせ車で学校まで連れて行った。
車の中で、朋子は「どうして、学校が嫌なの?いじめられているの?」と聞いてみたことがあった。春奈は何も答えようとしない。校門の中へ押し込むように春菜を一旦学校の中に収めてしまえば少し安心できた。慣れるのに時間がかかっているだけ、だってあんなに制服が似合っているのに。他のどの子よりこの学校の制服が似合っているのに・・・・。

つづく

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