安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

連載小説「はじめまして」その9

f:id:quietsea526:20170524165511j:plain

「はじめまして」⑨


翌週の面談では趣味について話した。
朋子は手芸が得意で結婚前からパッチワークの同好会に入って展覧会などにも出品していること。学生時代から母の勧めでフランス語やテーブルコーディネートの教室に通っていたこと。今も、時間に余裕があるときは続けていること。そういえば、パッチワークも母の勧めではじめていたこと、などを話した。
「よいご趣味をたくさん持ってらっしゃるじゃないですか。」と近藤がいった。
「宿題にしてまで考えていただかなくてもよかったですね」と言われて朋子は本当にそのとおりだと思った。
先週、趣味は何ですかと聞かれてなぜすぐに答えられなかったのだろう、と自分で訝った。その日持っていたバッグも手製のパッチワークで作ったものだった。近藤に見せると、「すごいなあ、ほとんどプロの技じゃないですか。」とそのバッグを手にしてしきりに感心した。朋子は、とてもうれしかった。
近藤は、「手を見せてくださいますか?」と言って朋子の右手を取った。ドキッとした。
「あ、やっぱり!」と無邪気な歓声を上げる近藤。
「ほらほら、ここ」と言って朋子の親指と人差し指の間を指して、「ここにホクロのある人は手先が器用だって言われてるんですよ。僕にも同じところにあるでしょ。」と言って自分の右手を見せる。同じところに朋子のものよりやや大きめのホクロがあった。朋子自身そんなところのホクロは意識したことはなかった。まして手先が器用な証拠などという話も聞いたことはなかった。近藤の郷里だけの言い伝えなのだろうか。
「僕も小さいときから手先が器用だって言われて、医学部に入ったときも外科医になれってよく言われましたよ。」ハハハと笑いながら近藤は楽しそうに話す。
「ご主人にもあるかもしれませんね。プラモデルが趣味なんて手先が器用な証拠なんだから。」と言い添えた。
修一の右手をじっくり見たことなどなかった。それよりもなぜ趣味を問われたときに自分はすぐに答えることができなかったのだろうと、その疑問が朋子の心にうっすらと残っていた。

朋子の記憶の中で最古のものであろうひとつのシーンが蘇る。
家の玄関を出たところで、朋子は誰かに抱きかかえられている。両腕の中に収まってしまうほどに朋子自身は小さくて弱い。その腕の中にいる自分に納得できないでいる。別の腕を求めて必死で抗議しているつもりなのに、その抵抗を表すほどの力が朋子にはない。二つか三つの頃なのだろう。視界がぼやけている。それは、朋子の目にたまった涙のせいである。ぼやけた視界の中で、求めている人の、母親の姿がどんどん遠ざかっていく。朋子はあきらめる。抵抗を解いて見知らぬ人の腕の中にいる自分を納得させる。
「朋子ちゃんはおりこうさんね。」その声に朋子は自分を抱いている人の顔を見上げるとそこには母がいる。遠ざかっていったうしろ姿を狂おしく恋しがったはずのその母親に抱かれている自分に気がついて混乱する。
これは、記憶の中のシーンというより長年彼女の中でくり返し再生されてきたイメージ映像なのかもしれない。

母を恋しがる幼い自分と、母の近くにいても寛げない自分が時間を越えて今も朋子の中にいる。
「朋子ちゃんはおりこうさんね。」と母が朋子を誉めるとき、ほんの一瞬母との距離が縮まるような気がしていた。母の意のままになる自分でいることが朋子にとっても心地よかった。でも、本当にそうだったのだろうか。

それから何度かの通院があり、そのたびに近藤は春菜とは直接関係のない世間話のようなことばかりを朋子とした。朋子はぼんやりと気がつき始めていた。私が春菜をあんな風にしたのかもしれない、と。でも、それはまだあまりにぼんやりとした考えだった。私の何が間違っていたのだろうか。間違っていた?どこで私は間違っていたの?
近藤との面談は、今まで自分が見なかった部分に自分の視線を向かわせる作用をしている、そんなことを感じ始めていた。

つづく

にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村


にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村



にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村