安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

この頃の読書

日曜日にそれまで読んでいた本を読み終えて(えっと何を読んでいたんだったか、にわかに思い出せない)読む本がぱたりと途絶えて、

ええ本、どっかにねが~~~、と松明かざしてあちこち漁ってみたら、「満月」を発見、今週の初めからこれを読んで、楽しい1週間だった。

「満月」(原田康子著)はもう20年くらい前(もっと前かも)に読んでしまっている本で、とうに捨てたと思っていたのにひょんなところから転がり出てきた一冊(塾をやっている部屋の一角に捨てるつもりで機会を逃した古い本が投げ捨てられていて、本好きの子がそこを漁って、「これ貸して」などと言うことが時折あったりするので、ますます捨てる機会を逃している次第)。

三百年前からタイムスリップしてきた侍と現代の高校教師との恋物語で、確か角川で映画化されたと思う。時任三郎原田知世だったんじゃないか、とこれはかすかな記憶。多分映画は見ていない。
でも読んでいるうちにセリフの声が時任三郎原田知世に変換されてくるので、ひょっとしたらこの映画を見たのかもしれない。どっちだろう?多分この謎は解けない。今、検証のために映画を見たとしても、見たような気がしたり、テレビのスポットで一部分を見ただけなのをそのように勘違いしているだけかもしれないし、真実は明らかにはならないだろう。
日々の記録を付けていればはっきりしたんだろうが、私の日録は平気で一年ぐらい飛ばしていたりするので当てにならない。

で、20数年ぶりくらいに読みなおしてみると細部はすっかり忘れているので、もう一度楽しめた。
小弥太の人物造形がチャーミング。現代女性のまりに振り回されながらも最後まで侍なのだ。(六尺ふんどし着用)

ああ、楽しかった。(また20年後お会いしましょう)

そして、今読んでいるのが、おせいさんの「残花亭日暦」。これも再読。

2001年6月から翌年3月ごろまでの田辺聖子さんの日記。(ということになっているが、小説として、フィクションとして読まれるべきなのではないかと私は思う)

病気を得たのちのカモカのおっちゃんの介護と看取りの日々の記録。
長男のスヌー以下子どもたちとの会話部分こそがノンフィクションなのかもしれない、と途中からそんな気がしていたら、おせいさん自身も、そんな感興を述べている一節があった。

私にはもう残念なことにぬいぐるみや人形と会話する能力はない。
でも小さいときは確かに人形としゃべっていたという記憶が生々しく残っていて、
山田太一さんの絵本「リリアン」にも、お人形とともに冒険をする6歳の男の子が登場するのだけど、山田さんにも人形のことばを聞くことができる幼少時の記憶がきっとおありなんだろうと、私は勝手に解釈してよろこんだ。
リアリズムの旗手のように言われることの多い方だけれど、ファンタジーで語るリアリズムというのはあります。(本当を語るための嘘のごとく)

最近の読書記録として書き出してみて、今はたと気づいたんだけど、「満月」も「残花亭日暦」もファンタジーでリアリズムを語ってる仲間だったのかもしれない。(「残花亭日暦」をファンタジーと評する人はあまりいないと思うんだけどね)

しかも、ふと思いついて調べてみて今気が付いたんだけど、満月作家と残花亭作家はなんとお二人とも1928年生まれの同い年ということが判明!

おお、意外なオチがついたね。ヨカッタネ。

(なお、「リリアン」については、夏休み読書感想文に困っている中学生がごく最近「なんか簡単に読める本教えて」と聞いてきたのに対して、この本を勧めたという経緯があり、ついでに言及してしまいました。)


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