安寧なんか欲しがりません

まだまだ、まだまだですよ~

ミカ何処?②

なにか旧友たちと交われない事情がミカに出来(しゅったい)したのかもしれない、とようやくそのように気づいたのが15年前。
でも具体的にそれがどんな事情なのか想像つかなかった。

裕福な家庭のお嬢様で、恵まれた結婚をしたはずなのに。


高校2年、17歳の時間を私はミカと存分に楽しんだ。
授業をさぼることもしばしばあった。当時の京都の公立高校はどこも自由な校風を謳っており、校門は常に開け放たれ、授業中にもかかわらず近隣の喫茶店でタバコをふかす輩も、特に「不良学生」に限らず、それもまた自由な校風を享受している一つのスタイルの標榜でもあったような。
私もまた「自由な校風」を悪用して学校のすぐ近くにあったミカの家で青春の怠惰に身をゆだねたりしていた。

井上陽水の新しいアルバム、買った?
すごいね、あのアルバム。

などと休み時間にそんな話をした後は、「んじゃ、家で聴く?」というミカの誘いにお気軽に「行く行く」などと答えてそのまま数学の授業を幾度さぼったことか。
結果、定期考査では数ⅡB、14点などというお点(汚点?)を頂戴し、担当教諭から職員室に呼び出されもした(反省文を書いてきなさいと言われ、提出した反省文がなかなかの名主張だったらしく、「ま、あなたは数学のない世界でがんばりなさい」と数学教諭に励まされたことは今となっては青春の輝かしい1ページを彩るエピソードのひとつである)。


ミカの部屋で聴いた「氷の世界」。
まだマイナーだった荒井由実の「ひこうき雲」を聴かせてもらったのもあの部屋。

この人、まだ19歳なんだよ。
でも顔が地味~~などと他愛ない会話の一つ一つを私はまだ覚えてる。
覚えてるよ、ミカ。ミカは思い出すことないのかな、私との時間のひとかけらでも。


ミカは京都の老舗の名喫茶店にも私をよく連れて行ってくれた。

今も残る京大前の「進々堂」、京都御所近くの「ほんやら洞」、「築地」や「ソワレ」などという喫茶店に出入りすることは17歳の女子高生だった私にとっては大人の世界を垣間見し、その向こう側への健やかな好奇心をはぐくんでくれる青春のエチュードだった。私の覚束ない練習曲の指使いはミカのそれをまねることだった。

高校3年生になってクラスが別々になったけれど、ミカとの交流は続いた。

ミカを思い出すとき必ず蘇るシーンがある。
高校3年生の晩秋、放課後の教室。夕焼けに染まる教室にミカと二人だけ。
ミカが歌ってる。

この汽車は機関手がいない~
終着駅まで停まらない~
終着駅はないかもしれない~
それは明日かも知れない~~

ミカが歌うのをなぞって私も後について声を出している。

聞いたことがない歌だったけれど気に入って、覚えさせろとミカにねだったみたいだ。

この時教えてもらった小椋佳の「この汽車は」は私がお風呂で歌う歌のヘビエストローテーションソングだ、60歳になった今も。

進々堂にはいまも帰省した折には娘と一緒に出かけることがある。BGMのかからない静かな図書館みたいな学生街の喫茶店。

ミカの記憶に繋がるものが今の私のはまだいくつか残っている。60歳になった今も。

でも、ミカはもう私のことなんか思い出してくれないのかな。
会いたいって思ってくれないのかな。


それとも、それとも、思い出すことも会いたがることもできなくなっちゃってことなのだろうか。

ミカ、何処にいるの?

つづく